新谷さん

原発が爆発し現地の人が避難している中、支援に入った障がい者団体の人たち。中には同じように原発に近い福祉事業所の人たちがいた。京都の舞鶴の人たちもそうだ。南相馬に支援に入ったのも20回を超え、その様子を内と外から見てきた。震災から7年が経ち、原発が爆発した時に自分たちがどう避難し行動するのか、計画を作り原案が出来ていた。写真は、ぴーなっつの青田さんにアドバイスをもらっている様子。辛い経験を生かそうとしているのが流石!